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上板橋の不動産会社 タイセイ

板橋区について

区名の由来

板橋の地名が資料に登場してくるのは古く、軍記物で有名な「平家物語」「義経記」の中で、
治承4年(1180年)に源頼朝が「板橋」の地に陣をとったことが記されています。
今から800年以前には「板橋」の地名が既に使われていたようです。

しかし、地名発祥の由来については、はっきりとした資料はなく、
おそらく石神井川に架けられた「板の橋」が当時としては大変珍しく、いつしか、
口から口へと語り伝えられ、地名となったのでしょう。

江戸時代になると、中仙道の宿場となり、江戸四宿(新宿、品川、千住、板橋)の
一つとして世に知られました。明治以降、町名として採用され、昭和7年、
区誕生の時区名となりました。

位置・面積

板橋区は東京23区のうち北西部に位置し、東経139度37分から44分、
北緯35度43分
から48分の間にあり、面積は32.17K㎡で、23区中9番目です。

地形と地質

板橋区は、大きく北側の低地と南側の台地(高台)に分けられます。

低地は荒川の氾濫原で、台地は武蔵野台地の北東緑辺部です。
そして、台地は、石神井川・白子川をはじめそれらや、荒川へ注ぐ小河川が台地を削り、
台地・低地ともに、区の南部と西部に高さを増し、標高は台地が20m~35m、
低地は、約2m~6mとなっています。

地質については、区内の武蔵野台の地層を調べると、東京層には、
約5万年~10万年前に、古い東京湾の海底に堆積した層で、
貝化石などが含まれており、その当時は、海であったことがわかります。


その上の武蔵野礫層の礫(石)は多摩川の氾濫原でした。
その上には箱根・富士火山灰からなる関東ローム層
(下末吉口ローム層~立川ローム層)が堆積しており、約1万2千年前までの間の
活発な火山活動をしることができます。

人口の推移

昭和7年10月、板橋区が誕生した当時の人口は12万168人でした。

その後,戦時中の軍需工場の集中と共に、人口も飛躍的に増加し、昭和15年には、
23万3115人と、わずか8年間に2倍近くに増加しました。

終戦の年には、21万7974人に減少しましたが、戦後の復興と高度成長期を通して、
昭和 40年まで増加の一途を辿りました。

昭和41年以降は、高島平地区の開発、工場跡地のマンション化などにより、
微増傾向が続き、平成12年の国勢調査で は、51万3575人となっています。

-以上平成17年の板橋区発行の私の便利帳より抜粋-